私たちも崔さんの味のとりこです


森 孝慈

浦和レッツダイヤモンズゼネラルマネージャ。
1943年広島県出身。
広島修道高校から早稲田大学に進学後、三菱に入社。
日本サッカー界の振興に貢献し、
81~85年には日本代表監督として活躍した。


ワールドカップは夢であり最終目標だったという森さんにとって、W杯日韓共催の実現 は、日本のサッカーの技術レベルと大きな大会が日本でも開催できるという運営面の両面で世界に認知されるようなったのだと、ひとしおの感慨だ。

学生時代の交流試合から何度も韓国を訪れている森さんは大のキチ好きでも知られる。
「マレーシアで毎年開催されるアジアの大会があって、各国の選手たちが一堂に寄宿舎 の食堂に集まるとき、韓国の選手たちは必ずポリバケツー杯のキチをもってくるんですよ。
少しくれよ、と皿にわけてもらったのをパラパラのライスに載せて食べる。暑いところなので、キチがあると食欲がでるんですよ。その頃から本格的にキチが好きになりました。」その味は日本のスーパーで売られている辛いだけのものではなく、もっと深い味 わい、甘ささえ感じるものだったという。そこに歴史と伝統の偉大さを感じたという森さんは焼肉屋も御晶屓。「やはりキチの美味しい焼肉屋を選びますね。
それと韓国の家庭料理がメニューにある店」と森さん流の店選びのこつを教えてくれた。




木村和司

1958年広島県出身。
広島工高から明治大学に進学。
日産自動車、横浜マリノスと進み、芸術的なフリーキック
で日本代表選手として活躍。
現在は解説者、指導者として活躍中。

1998年以前に日本がワールドカップ出場に最も近づいた86年メキシコ大会。
そのアジア最終予選、韓国との試合で日本唯一のゴールが、今や伝説となった木村さんのフリーキックだった。21世紀になって最初のW杯が始めてアジアでしかも初の共催という形で行われることが、改めて平和のとっかかり、韓国とのいい交流になってくれればと、木村さんの思いは熱い。

「今でも当時の日韓のメンバーとはOB戦をやったり、酒を飲み、飯を食う仲。 サッカーを通じて友人という大きな財産ができました。」当時の日韓のサッカーの違いを、冗談でと前置きしながら「キチと糠漬け」の違いだとたとえるほど、韓国の選手たちにはカラダのキレがあったと言う。
「韓国の選手って必ずキチを持って来ていて、それをもらうとね、これが美味しい。やはり本場のというか本格的なものは美味いんだよね。」
早い時期に本当のキチの味を体験するとそうでないものとの違いがわかる。すっかり キチの虜になった木村さんは, 「韓国の料理て、本当に元気がでそうなんだよね。」 とキチの底力を実感している。